'08 大統領選 RACE 選挙と人種が映すアメリカ

朝日新聞記者を経てUCLAとUCバークレー大学院でアメリカ黒人研究を専攻、修士号。ロサンゼルスを拠点にオバマとヒラリーの対決を取材中。2008年アメリカ大統領選(レース)を人種(レイス)で読み解く。

裁かれる「ブラックネス」

「God damn America!」(アメリカに神の呪いあれ)。そう叫ぶ黒人牧師の姿がTVに流れ始めたのは、3月13日だった。オバマが通う教会の元牧師ジェレマイア・ライトが、過去の説教でアメリカの人種差別や白人支配層について批判を繰り返していた、とABCが報道。大騒ぎが始まった。ライト師は、シカゴのサウスサイドにある大規模教会で30年以上牧師を務め、黒人コミュニティーの中心的存在になってきた。オバマとミシェル夫人の結婚式や2人の子供の洗礼を執り行い、オバマが「スピリチュアルな師」と仰ぐ人物だ。黒人解放神学の流れを汲み、時に過激なレトリックを使うことは以前から知られていた。

◆ 連座の罪 ◆

問題の演説は、9・11中枢同時テロの後、ライト師が「神と国家」について語ったもの。

悲劇であると断った上で、自国や他国の市民を非人間的に扱ってきたアメリカの傲慢さを批判。広島と長崎に原爆を落とし、日系人を強制収容し、黒人を差別し続ける。そんなアメリカを「God bless America(神の祝福あれ)と歌うことはできない。God damn Americaだ」と語った。

昨年行われた別の説教では「アメリカは裕福な白人が支配する。ニガー(黒人の蔑称)と呼ばれたことがないヒラリーに、黒人として生きることは理解できない」と叫んでいる部分も発見された。

賛同する黒人信者たちの姿とともに、数十秒の報道映像に仕立て上げられた説教は、ケーブルTVやユーチューブで休みなく流された。

オバマは、ライト師の発言を「扇動的で侮辱的だ」と非難。ライト師はオバマの支持組織のメンバーを辞任したが、騒ぎは収まらなかった。

共和党系コメンテーターや右派トークショウホストたちは、一斉にオバマを攻撃した。「ライト師は白人への憎悪を振りまく黒人テロリスト」「関係を持つオバマの愛国心も疑わしい」

民主党寄りのリベラルなメディアも疑いの目を向けた。「オバマの真の姿は人種分断を煽る『黒人』指導者なのでは」「融和と希望を訴えるなら教会とも牧師とも縁を切るべきだ」

同時に「黒人は今も怒っているのか」と驚き、「黒人教会ではこんな演説が当たり前なのか」などと、何百年も存在してきた黒人教会をまるで秘密の場所でも訪ねるように報道した。

ライト師の教会に12年通い、オバマを支持する黒人女性トニ・オドムさんは憤る。「多くの白人は、黒人が何を考えているのか知らないし、知ろうともしない。だれもが白人と同じようにアメリカを見ているわけじゃない。ライト師は、私たち黒人にとっての真実、歴史の一部を話しただけ。国を批判したからといって愛国心を疑われるのは心外だ」

◆ 一方通行の人種統合 ◆

一連の過剰な反応が映し出すのは、奴隷制に遡る過去の責任と差別の現実に向き合うことを避け続ける、白人社会とメディアの姿だ。公民権運動から40年が経った今も、人種間の歴史認識はすれ違う。オバマに対するヒステリックな糾弾を、黒人たちは「またか」という思いで見ていた。

人種統合(integration)のプロセスは、往々にして、黒人側から白人側への一方通行だ。公民権法が制定された65年以降、黒人が白人居住区に移り住むと、白人はさらに郊外へ逃げた(white flight という)。統合を強制するため、白人を黒人地区の学校へバスで通わせる政策(busing)に、白人は猛反発した。
白人が差別を認め、特権を捨てて過去を償おうと黒人側へ歩み寄るのではなく、黒人が白人社会に受け入れられることに重点が置かれた。そのために黒人は、白人よりも多くの努力と責任を負わされ、ブラックネス(黒人性)は注意深く裁かれ続けてきた。

白人社会で成功するためには、時に、黒人性を捨てることが要求された。白人に罪の意識を感じさせないことが、暗黙のルールだからだ。「黒人として」の実感や歴史認識、髪型を含めた文化・民族的な表現は「黒人的すぎる(too black)」と敬遠された。

白人社会は、多様な思想が共存する黒人コミュニティーを一面的にしか理解しようとしなかった。黒人指導者は、「穏健な非暴力主義」のマーティン・ルーサー・キングと「過激な分離主義」のマルコムX、というように単純なレッテルを張られた。「穏健」なキングが、時にライト師以上に過激な国家批判やベトナム戦争批判を繰り返したことを、メディアも教科書もほとんど取り上げない。

オバマもまた、「ブラックネス」に振り回されてきた。

黒人票がヒラリーについていた当初は「黒人らしくない(not black enough)」といわれ、白人州のアイオワで勝利すると「人種を超えた(post-racial)候補」「ジェシー・ジャクソンやアル・シャープトンのような黒人政治家とは違う」と評された。ヒラリーを追い落とすと、躍進と人気の理由は「半分白人(half-white)だから」。さらには「黒人だからラッキーで」(フェラーロ発言)となった。

そして、ライト師の問題で、オバマは「too black」になったのだ。

ライト師と縁を切るべきだというメディアの合唱は、「オバマに黒人であることを捨てろと要求しているようなものだ」と、オドムさんは言った。「多くの黒人政治家が、白人票欲しさに黒人コミュニティーに背を向けてきた」

◆ 「希望の波紋」 ◆

黒人社会と白人社会から二重のプレッシャーを受け、釈明を余儀なくされたオバマは3月18日、「より完璧なアメリカ(A More Perfect Union)」と題した演説をした。

ライト師の発言は侮辱的で間違っているが、ライト師の世代や多くの黒人にとって、差別に対する怒りや嘆きには歴史的な根拠があることを、白人は理解しなければならない。同様に、白人の中にも人種の特権を感じられず、黒人に対して苦い思いを抱いている人たちがいる。ライト師の矛盾は、黒人社会が抱える矛盾であり、黒人社会と縁を切ることが出来ないようにライト師とも縁は切れない。自分を愛し育ててくれた白人の祖母は、時に黒人への偏見を口にした。その祖母を捨てられないように、ライト師も捨てられない。そのどちらもが、アメリカなのだーー。

建国以来、深く絡み合ってきた白人と黒人の運命。両者の間に横たわる人種差別の深い溝と歴史認識の違いに言及し、未来への共同の取り組みを呼びかけたスピーチは、約40分に及んだ。

人種関係を評論する内容自体は新しいものではなかったが、主要メディアは「歴史に残る演説」「人種問題をこれほど率直に語った政治家はいない」と興奮した。生中継で演説を見た人は400万人、ユーチューブでは直後に300万件のヒットを記録した。

オバマは午前2時までかかって演説を推敲した。人種について正面から語る決断をしたことに、ミシェル夫人ら黒人の選対幹部は自信をもって賛成したが、白人幹部は選挙戦に悪影響を及ぼさないか、最後まで不安がったという。

演説後のインタビューでオバマは言った。「私は池に小石を投げた。『希望の波紋』がどこへ広がって行くのかは、まだ分からない」

オドムさんは演説を聞いて泣いた。「白人にレイシズムと向き合うことを教え、黒人の魂を売らなかった。巧みで素晴らしいスピーチだった。次は、私たちアメリカがその波紋に答える番だ」

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