彼らはなぜ黒人に投票しないのか。知事の発言の意図は何か。メディアに追及されたレンデル知事は「現実的な観察を述べただけ」と具体的な根拠を挙げなかった。
しかし、投票日(4月22日)が近づくにつれ、 激戦に「人種」が落とす影を見出そうとする報道は増えていった。
転換した構図
そんな中で起きたのが「ビターゲート事件」(ニクソンを辞任に追い込んだウォーターゲートに引っ掛けた)だった。
4月6日、サンフランシスコで開かれた選挙資金パーティーに出席したオバマは、支持者から、苦戦が予想されるペンシルベニアで有権者に語りかける良い方法を問われ、次のように答えた。
「人種のせいで白人労働者が黒人に投票しないとする報道があるが、労働者の中にも支持してくれる人はいる。一番大変なのは、変革を信じられなくなっている人を説得することだ」
支持者らを励ます言葉だったが、その際に「(小さな町の労働者は)経済的困窮と政治不信から苦々しい(bitter)思いを抱き、銃や宗教にすがり、自分とは異なる他者や移民、自由貿易への反感を持つことで不満を表している」と言ったことが、後日ブログで取り上げられ、騒ぎになった。
ヒラリーは「労働者を侮辱したエリート的発言」と批判。マケインも「労働者は前向きで、景気に関係なく文化的精神的な価値観を持っている。オバマは現実を把握していない(out of touch)」と攻撃を強めた。
保守派コラムニストらは、オバマを「分断を煽るマルクス主義者」「ヤッピーな反革命分子」と呼んだ。
オバマは「労働者の境遇に同情した発言だった」「実際、ブッシュ政権は経済より同性愛結婚や銃を持つ権利などを選挙の争点にしてきた」と釈明に追われ、オバマ陣営幹部は「高学歴で裕福なクリントンとマケインが、母子家庭で育ち、学生ローンを返済したばかりのオバマをエリートと呼ぶのか」と憮然とした。
ペンシルベニア予備選の構図は、「オバマを黒人差別する白人労働者」から「労働者を見下す傲慢なオバマ」へ、一気に変わってしまった。
ペニーとニッケル
「自由と平等」を信じるアメリカ人の多くは、人種問題を「黒人の問題」あるいは「過去のこと」としてしか語りたがらない。同様に、階級(クラス)の存在についても直視するのを避ける傾向がある。
しかし、アメリカ社会で、人種意識の形成は階級と深く絡み合ってきた。ホワイト・エスニックが黒人に差別感情を抱くのには歴史的な背景がある。
支配階級の裕福な白人と違って労働者階級の白人は、奴隷制以来長らく、労働市場において黒人との競争にさらされてきた。彼らの多くは奉公人としてアメリカに渡り、社会の底辺で単純労働を担った。奴隷でもないが奴隷主でもない、土地も選挙権もない、という彼らの境遇は奴隷により近かった。
それだけに、彼らにとって「白人である=黒人でない」という意識は心理的な砦でもあった。
南北戦争後、解放黒人と隣り合って小作人として働き、やがてオハイオやペンシルベニアなど北部の都市で工場の仕事を取り合うようになると、ほかのヨーロッパ系移民と団結し、労働組合を作って黒人を排除した。
政治的には、労組を軸に民主党を支えてきたが、60年代にジョンソン政権が公民権法を成立させると、党が黒人や貧困層を優先し始めたと感じるようになる。キング牧師の暗殺で都市部に暴動が起きると郊外へ移住。自動車や防衛産業の保護政策でレーガン政権の恩恵を受け、近年は共和党色を強めている。
注目のペンシルベニア予備選は55%対45%でヒラリーが勝った。
白人女性の68%、白人男性の57%、白人カソリックの72%がヒラリーに投票した。候補者の人種を重要だと答えた白人は全体の12%で、うち76%がヒラリーに投票した。11月の本戦でオバマとマケインの対決になった場合、マケインに投票するか棄権すると答えた人は24%いた。
ビターゲートでつまずき白人労働者への食い込みに失敗した、とオバマの選挙戦略に敗因を求める声は多い。
しかしMSNBCの記者は「ビターゲートは反オバマの白人に都合の良い言い訳を与えただけだ」と指摘する。「数字で表すのは難しいが、人種は間違いなく重要な決め手だった。オバマについて間違いだらけの情報まで信じようとする強い意志を、ペンシルベニアの各地で感じた」
黒人コメディアン、クリス・ロックがこんなジョークを言ったことがある。「1セント玉しか持たない白人が一番嫌うのは、5セント玉を持った黒人だ」
レースをリードし、大統領候補の座に近づこうとするオバマの足取りを、1セントの抵抗が重くしている。
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