'08 大統領選 RACE 選挙と人種が映すアメリカ

朝日新聞記者を経てUCLAとUCバークレー大学院でアメリカ黒人研究を専攻、修士号。ロサンゼルスを拠点にオバマとヒラリーの対決を取材中。2008年アメリカ大統領選(レース)を人種(レイス)で読み解く。

ミネソタの「歴史的」な夜

予備選最終日の6月3日、ミネソタ州セントポール。

約2万人の熱狂的な支持者の前に姿を現したオバマとミシェル夫人は、壇上に上がり、感慨深げに会場内を見回すとしばし見つめ合い、互いのこぶしを軽く突き合わせた。

ダップ(DAP=dignity and pride、尊厳と誇り)と呼ばれるこのジェスチャーは、相手を認知し、成し遂げたことを讃えて黒人同士が交わす握手の一種だ。

それは、アメリカ史上初めて黒人が二大政党の大統領候補になり、黒人のファーストレディーが誕生するかも知れないことを、見守る人々の胸に焼き付けた瞬間だった。

「今、一つの歴史的な旅が終わり、新しい旅が始まろうとしている。あなたたちのおかげで今夜、私は民主党の大統領候補になると宣言できる」

オバマの言葉に、吠えるような歓声が呼応した。アイオワの劇的な勝利からちょうど5カ月が経っていた。

◆ This is our time ◆

手作りのオバマTシャツを売りながら18都市を回って応援した黒人男性アンソニー・ブラウン(29)は、興奮の渦の中にいた。

「あんな叫び声を聞いたのは生まれて初めて。オバマの口から勝利宣言が飛び出したとき、期待と祈りで一瞬、会場は死んだように静かになった。そして一気に爆発したんだ。白人も黒人も子供も年寄りも、誰もがエモーショナルだった」

4歳の息子を連れて選挙運動に飛び回った黒人女性アンジェラ・ロドリゲス(45)は、オバマの勝利を見届けると病床の祖父(90)に電話をかけた。

「選挙に忙しくて見舞いに行けなくてごめんね、と言いたくて。そうしたら祖父は、そんなのいいんだ、って。バスの座席に自由に座ることさえ許されなかった時代を覚えているから。オバマを当選させることが何よりの贈り物だって、受話器の向こうで泣いていました」

アクティビストの黒人女性リリアン・モブリー(77)は「生きているうちにこんな日が来るとは思わなかった。オバマはこの国の未来。私の孫、ひ孫の世代はこれを見て、困難に直面しても成功を信じて進んでいくはず」と涙ぐんだ。

オバマは長い勝利演説の中で「黒人初」とは一度も言わず、大衆の勝利、アメリカの歴史的勝利であることを強調した。

リロイ・マーシャル(54)は「言わなくても私たちには分かる。どんなに優秀で指導力があっても白人じゃないというだけで夢を諦めた人が大勢いた。オバマはそこに立っているだけで十分、この国のあるべき姿と可能性を示しているよ」

マーティン・ルーサー・キング牧師とともに公民権運動を率いた指導者たちも、誇りと喜びをかみしめた。

ジェシー・ジャクソンは、「アメリカを民主化し人間的な国にするために私たちが続けてきた戦いの大きな勝利だ」とコメントした。

故ラルフ・アバナシー牧師の妻ワニータは「私たち黒人はこの国に常に忠誠を誓い(独立戦争を含む)すべての戦争で戦ってきた。そして今、私たちの時がきた。この勝利は誰かから与えられたものじゃない。私たちの手で勝ち取り、歴史にこの瞬間を刻んだのです」と話した。

◆ This race is about race ◆

先住民から剥奪した土地と、奴隷制を基盤に国力を拡大してきたアメリカでは、限られた白人だけがパワー(権力)を持ってきた。

それに挑戦し、憲法が約束する民主主義と人種平等の実現を目指す勢力と、その挑戦に激しく抵抗し、パワーと特権を渡すまいとする勢力とが、衝突し交渉しながら進んできたのがアメリカの歴史だ。奴隷制の撤廃も公民権法の成立も、戦争や暴力を含む抵抗と多大な犠牲の末にようやく実現した。

本連載の初回で述べたように、この選挙は人種をめぐる争い、建国以来続く白人と黒人の戦いの延長線上にある。大統領という最高権力の座を目指すオバマの挑戦もまた、激しい抵抗に遭う運命だ。

新人上院議員が、圧倒的な知名度と資金・集票力をバックに万全を期して出馬したはずのヒラリーを破った。「希望と変革」の一貫したメッセージと、全50州を計算に入れた緻密な戦略による会心の勝利。

しかしその影で、「人種を超えたアメリカ」という理想を掲げたオバマは、正反対の現実を突きつけられた。

ヒラリー陣営はレイス(人種)とジェンダー(性)を切り札に、党内の異なる支持基盤の間に分断のムードを作り出した。

黒人の間には「白人は黒人がゲームに勝ち出した途端、ルールを変える」という歴史的な実感がある。それをなぞるように、陣営は指名決定の仕組みそのものである代議員制や党員集会制に不満を訴え始め、党が代議員資格を剥奪しヒラリー自身も無効と認めていたフロリダとミシガンの復活を唱えて、思い通りにならないと市民権の侵害だと主張した。

予備選終盤、オバマの指名獲得が濃厚になるほど、白人の間に「反オバマ票」が増え、選挙事務所にナチスのカギ十字が描かれ窓ガラスが割られたこともあった。

人種と性をめぐる民主党内部の亀裂は、ヒラリー撤退後も長く残り、共和党との戦いにおいて「黒人候補」オバマはより激しい攻撃にさらされるだろう。

ミネソタの勝利演説でオバマ夫妻が見せたDAP。ハイ・ファイブと同様、黒人の間から生まれたが音楽やスポーツを通して既に広くアメリカ社会に浸透しているにも関わらず、主要メディアは「一体あれは何だ」と驚いた。FOXや保守系のブログでは「テロリストか、過激な黒人のサインか」というコメントが出ている。

オバマがデンバーの民主党大会で指名受諾演説をすることになる8月28日は、キング牧師が「I have a dream」(私には夢がある)の演説を残したワシントン大行進から、ちょうど45年にあたる。

2008年、アメリカの「RACE」はこれからが本戦だ。

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