そして、受話器を持つヒラリーの顔が映し出される。
国家が危機にある時、オバマでは信頼できない。自分こそ最高司令官(commander-in-chief) にふさわしいというメッセージだ。
◆ ヒナギクの恐怖 ◆
このCMは、64年大統領選でジョンソン陣営(当時現職)が流したCM「デイジー」によく似ている。
野原で一人、少女がヒナギクの花びらを数えている。「1枚、2枚……9枚……」。そこにかぶさる男の声。「10、9……1、ゼロ!」。爆音とともにキノコ雲が広がる。「ジョンソンに投票しないと子供たちが住む世界は闇に落ち、皆死ぬかも知れない」
タカ派で知られる共和党候補ゴールドウォーターに「核のボタン」を握らせるな、というメッセージだった。
核の恐怖を不必要に煽ったと批判を浴びて放送中止になったが、ニュースで頻繁に取り上げられ、ジョンソン圧勝の要因の一つになったといわれる。世界で唯一核爆弾を投下した米国が、核の脅威に怯える「無垢な少女」を自国の象徴とした映像は、今も大学のメディア研究で取り上げられる「問題作」だ。
ヒラリーのCMも同様の批判を受けた。取材先で会った反戦団体の男性は「見えない仮想敵を作って恐怖で大衆を惑わす。9・11以降のブッシュ政権の手口と同じだ」と不快感を表した。
しかし、作戦は奏功し、ヒラリーは大接戦のテキサスを制した。誰に投票するか最後の1週間で決めた人は全体の3割。その大半がヒラリーに投票し、最後の3日間でヒラリーに決めた人は7割近くいた。最高司令官にふさわしいのはヒラリーと答えた人は55%(オバマは39%)だった。
◆ ブラックフェイス ◆
今回の選挙戦において「人種」が避けられないテーマであるように、このCMにも人種的トーンが織り込まれていると見る黒人は多い。最高司令官としてのオバマの適性と経験を疑う議論の背景には、黒人が権力を握ることへの白人の歴史的な恐怖と不信がある、と考えるからだ。
人種とシンボリズムを専門にするハーバード大の社会学教授は、CMからD・W・グリフィス監督が1915年に作った無声映画「The Birth of a Nation(国民の創生)」を想起した。
南北戦争後の再建期(reconstruction)を舞台に、無能で腐敗した黒人議員や、白人女性をレイプする黒人男性を描いた映画で、登場する黒人役はすべて、顔を黒塗りにした白人俳優(blackfaceと呼ぶ)が演じた。黒人の猛抗議にも関わらず上映され、作品を見た白人は興奮し、人種差別集団KKK(クー・クラックス・クラン)の台頭とリンチの急増につながった。
ヒラリーのCMは、「敵」の正体を明確にしないまま「黒人男性=危険」というステレオタイプを増幅させ得る。教授はそう分析した。
テキサス予備選から数日後、コメディー番組「サタデー・ナイト・ライブ」がこのCMのパロディーを作った。午前3時、ホワイトハウスでパニックに陥る「オバマ大統領」が、寝ている「ヒラリー」を電話で起こし、イラン問題の対応や核ボタンの場所をめぐって指示を仰ぐ。混乱するオバマと、諭すヒラリーの掛け合いのスキットだ。
ヒラリーを演じた芸人は白人女性。オバマを演じたのは白人とアジア系のミックスで、その顔は、薄黒いメーキャップに覆われていた。
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